鈴木久五郎の名言・格言|相場師としての意地

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もうすぐ、子供が生まれます。あなた(孫文)のお名前の一字を賜りたく存じます。(覚書き|1907年の株価大暴落で全財産を失った後、孫文に言った言葉。鈴久は孫文に現在価値で10数億円の援助を行っていた。無一文の鈴久は孫文に金を貸してもらいたかったが相場師の誇りでぐっとこらえ上記の発言をした)


鈴木久五郎 の経歴

【鈴木久五郎 すずき・きゅうごろう】日本の明治後期から大正期にかけての株式投資家、相場師。通称「鈴久」と呼ばれた。1877年、埼玉県生まれ。 実兄の設立した鈴木銀行の草加支店長となる。 日露戦争中、株売買を始めて大儲けをする。 その後、株仲買店丸吉を開業、株式証券界に乗り出した。株式取引所株を買い占めるため「丙午会」を組織し増資に成功した後、日本精糖株を買占め、役員を辞任に追い込み、自ら監査役に就任し大日本精糖と社名を変更させた他、豊鉱石油・日本坩堝の各取締役を兼ねた。 日露戦争後反動恐慌よって株式市場は株価が大暴落し没落の道へ突き進むこととなる。 群馬県高崎市選挙区から中央倶楽部に所属し、衆議院議員に当選し一期務める。 晩年は政界・経済界から退き静かに余生を過ごした。

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