岩本栄之助の名言・格言|三十にして立つの意味

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人間はな。三十すぎたらなんでもええから後に残ることせなあかんで。而立というのはそういうこっちゃ。(覚書き|而立、じりつ=論語の一節。子曰く、吾十有五にして学を志し、三十にして立ち、四十にして惑わず・・・の三十の部分。独立するという意味)


岩本栄之助 の経歴

【岩本栄之助 いわさき・えいのすけ】日本の明治から大正に活躍した株式仲買人。1877年、両替商の家に生まれる。 大阪市立商業学校(現・大阪市立大学)を卒業後、日露戦争に従軍。知将として名高い児玉源太郎の副官を務め、陸軍中尉となる。終戦後、家業の株式仲買人となる。熱狂相場の極点と 言われた狂瀾怒涛の時代に大成功を収めて仲間を救い、「義侠の相場師」「北浜の風雲児」と騒がれ、一躍日本中に知られる存在となる。 明治42年、大阪の代表と して渡米実業団の一員の選ばれ、一流の実業家が勢揃いする中、33才という若さで日本代表の一人として渡米する。米富豪の、公共事業に財を投じ遺産を慈善 事業に寄付する行為に感銘を受け帰国後、私財100万円(現在の50億円)を投じて大阪市に中央公会堂を寄贈。 大正5年、第一次大戦の株バブル時に逆張りし、全力売りを行ったため相場で大損失を被る。10月22日、中央公会堂の完成を待たず陸軍将校時代に使っていたピストルで自殺。享年39才。

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