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エドワード・チャンセラーのプロフィール

【エドワード・チャンセラー】米国の投資歴史家、フリージャーナリスト。ケンブリッジ大学およびオックスフォード大学で歴史学を専攻。卒業後投資銀行ラザーズに勤務。同投資銀行退職後、フリーランスのジャーナリストとなり米国投資紙ファイナンシャル・タイムズ紙、エコノミスト誌などに記事を寄稿する。とくに投資バブル史についてまとめた著書「バブルの歴史 チューリップ恐慌からインターネット投機へ」(日経BP)は投資関連本の大ベストセラー・超ロングセラーとなり、いまでも投資家必読書としての地位を保っている。

英語で売り方を意味する「ベア」は「捕らぬ熊(ベア)の毛皮を売る(入手できていないものを売る約束する)」という有名なことわざを起源としている。買い方を意味する「ブル」はドイツ語の動詞の語幹で「吠える」を意味するビューレンを語源としているが、ベアより少し後に使われるようになっており、おそらく「ベア(熊)」から連想したものなのだろう。

ニューアムステルダム(現在のニューヨーク)への植民を進めたオランダ東インド会社は、当時、アムステルダム証券市場を代表する投機対象であった。17世紀半ばにのストイベザント総裁の命令によって、ウォール街の名前の由来になった「壁(ウォール)」が建設された。ここに壁が作られたのは、熊が雄牛などの家畜を襲うのを防ぎ、インディアンの襲撃を防ぐためであった。その後、ウォール街は熊(ベア、弱気筋)と雄牛(ブル、強気筋)を同じ場所で飼うようになった。

現代の投資家も新興市場のテーマに酔い、1820年代のイギリスの投資家がそうであったように、自国と投資先の国では政治と経済の文化に根深い違いがあることを無視している。

金融の世界では不確実性に「リスク」という用語が充てられている。経済学では、賭博と投機は違うとする根拠として、賭博が「娯楽のために新しいリスクを作り出す」のに対して、投機が「資本主義経済では避けがたいリスクを肩代わりするものである」点が指摘されている。

投機の精神は、権威の否定、宗教の否定、上下関係の否定である。自由を求め、もったいぶった通説を嫌い、制限を嫌悪する。投機は経済活動の中でもとくに通俗的で大衆的なものとして登場してくる。かといって、投機を貪欲だけのものだと切り捨てることはできない。投機の本質は、自由と平等のユートピアを切望する叫びである。現代の経済制度を支える物質主義が冷たく、面白みに欠ける点、そして富の不平等をもたらさざるを得ない点を補う役割を果たしている。

ヘッジ・ファンドという名称は1950年代にA・W・ジョーンズが設定した第一号のファンドが株式市場で買い建てたのと同数の株式を売り建てて、株式市場全体の動きを「ヘッジ」したからである。このファンドのポートフォリオは相場中立型だと言われた。いまでは、このような方法で運用されているヘッジ・ファンドはほとんどない。

歴史を見ていくと、金融情報が広範囲に提供されるようになり、通信技術が進歩した時、衝動的な新規参入者が市場に引き付けられ、投機のゲームに参加するようになる傾向がある。第一世代の日刊紙が登場して、南海バブルを刺激する要因になった。イギリスの新聞に金融欄が設けられるようになったことが、1825年の鉱業投機が起こる一因となった。鉄道による通信の発達が、1840年代の鉄道株ブームの背景になった。金メッキ時代にはティッカーが株式市場での賭博を支える要因になった。1920年代にはラジオ番組が投機の世代を興奮させた。最近ではインターネットによって株式市場が家庭に進出し、デイ・トレーダーの大群が登場した。

情報が豊富になっても、金融面での判断が賢明になるわけではないことは、1980年代の日本のバブル経済を見るとよくわかる。情報中毒の日本には当時、金融情報があふれていたが、歴史上でも稀なほど、誤った投資判断が下されている。また、通信技術の進歩によって、専門家の運用成績が明らかに向上したわけでもない。通信速度が速くなるほど危険の伝染も速くなっている。

20世紀末のサイバー市場では、売り方はいじめっ子(バッシャー)、買い方は高所愛好者(ハイプスター)と呼ばれており、三世紀前に(イギリスの金融の中心だった)エクスチェンジ通り喫茶店に強気筋(バブラー)、弱気筋(シャーパー)、鴨(カリー)が集まったのときわめてよく似ている。市場に集まる人は変わっておらず、やることも変わっていない。言葉と技術だけが新しくなった。

日本人は一般的に賭博を嫌う傾向があり、賭博は堅気の人間が手を出すものではないとされてきた。しかし、二つの国民性から、株式市場の魅力にひかれやすくなってもいる。第一に仕事であれ遊びであれ、何らかの活動に携わるとき、群れで動く傾向がある。この性格は稲作を中心とする農業で共同作業が重要なため、集団帰属意識が強いからだと言われている。戦争中には「一億総火の玉」が合言葉になっている。第二に日本人の心理は特に変動しやすく、陶酔から絶望に、その逆に、突然振れることが多い。このような国民性を証券会社は巧みに利用した。

投機の熱狂は、傲慢の表れであることが多い。このため、大投機熱は、一つの国から別の国に、経済の覇権が移行するときに起こることが多い。チューリップバブルはオランダ経済の奇跡によって、アムステルダムが世界貿易の中継基地の立場を確保した直後に起こっている。20世紀初めのニューヨークの株式投機熱もそうで、アメリカがイギリスから世界最大の工業国の地位を奪ったときに起こっている。

日本のバブルで投機が暴走したのは、権力を握っている者が誰も投機を抑えることに関心を持っていなかったからである。日本が経済の真珠湾攻撃を仕掛けると恐れたアメリカ人は、ある意味で正しかった。軍部の傲慢な姿勢によって、日本は勝算もないまま第二次世界大戦に突入したが、今度は経済面の傲慢な姿勢によってバブル経済に突入した。歴史は繰り返した。一度目は戦場の悲劇として。二度目は市場の喜劇として。

17世紀の投資家は、現代の投資家と変わらないほど高度な見方をしていた。年金や宝くじのように、ある年数にわたって定期的な支払いはあるが、満期には元本が返済されるわけではない商品を評価する際には、将来のキャッシュフローを割り引く方法がとられた。現在「金銭の時間価値」と呼ばれている概念をジョン・ローは次の言葉に示すように、完全に理解していた。「予想は常に割り引いて考える。今すぐに支払われる100ポンドは、百年間にわたって10ポンドずつ支払われる1000ポンドより価値がある」

英語で投機家を意味するスペキュレイターの語源はラテン語のスペクラートルだが、この語は問題が起こっていないかどうかを「見張る(スペクラーレ)斥候」を意味していた。古代ローマでは金融投機家は「追い求める者(クアエストル)」と呼ばれた。投機家の総称として「ギリシャ人(グラエキー)」という言葉が使われることもあった。

強気相場のひとつの特徴として、投機の熱狂が過熱するにしたがって、投機の対象になる銘柄の質が低下していくことがあげられる。潮が満ちてくれば、どの船も高く持ち上げられる。航行には適さないボロ船すらも例外ではない。

オランダのチューリップ投機には、のちの株式市場の投機ブームとの共通点がいくつもある。噂がブームを煽ったこと。裏付けのない信用と先物取引の利用によって、梃率効果(レバレッジ)の高い取引が急速に拡大したこと。投機家の間で衒示的消費が盛んになったこと。価格が急激に上昇した後、さしたる理由もなく突然、パニックになったこと。政府が当初は静観の構えをとり、手遅れになってから介入したことなどである。

ファンダメンタルズ価値、つまり本来的価値の概念も、初期(17世紀)の株式市場の参加者に理解されていた。もっとも、目論見書が誤解を招くものになっており、株価操作があり、株式市場が活況に沸いていたため、本来的価値の発見は、なおさら難しくなっていた。

後世の投機の熱狂でも自由放任政策と政治腐敗の組み合わせが共通の特徴になっている。中でもこの組み合わせが特に目立つのは、1980年代の日本のバブル経済である。

1690年代初めに株式相場が上昇した時、同時に女性の頭飾りが流行するようになった。1690年代はじめから飾りの高さが高くなっていき、株式市場の暴落した1695年には2メートルを超えてピークになった。この現象を見てリチャード・スティールが「株式相場は頭飾りの高さに比例して上昇し、下落する」と書いている。市場での価値が泡のように頼りなく、その場限りで根拠のないものであり、女性のファッションのように一時的な流行に左右されるものだと言おうとした可能性は高い。

リスクは投機の核心である。投機はリスクを肩代わりする機能を経済の中で果たしている。そして、アメリカ人の投機家ほど、大きなリスクを取ろうとする者はいない。ときには、株式市場で移転されるリスクが、事業に付随するリスクの範囲を超えて、それ自体が目的になることがある。このような状況になると、投機は遊びにすぎなくなる。

投機がいつの時代にも変わらないのは、人間の性格が変わらないからだといわれることが多い。「貪欲、つまり利益を得たいという欲求は、どの時代にも、どの地域でも、どの人にも見られる普遍的な感情である」と18世紀の哲学者、デイビッド・ヒュームが書いている。損失への恐れ、隣人を真似る傾向、群衆の騙されやすさ、賭博の心理も同様に普遍的なものとして、この言葉に付け加えることができよう。

アメリカ人が投機を好むのは、かなりの部分、植民活動に起因している。将来は明るいし、ますます明るくなっていくとの見方が、アメリカの夢の背景になっている。「アメリカ人は、将来が素晴らしいものになることを知っており、いつも将来を楽しみにしている点で、他国民と違っている」とロナルド・レーガンは語った。建国の父の多くは、土地投機家であった。

投資家は投機家と違って、現状にこそ関心がある。将来を予測するとしても、現状がそのまま続くよう期待する。発明があり、新規なものが登場すると、いつも投機家が興奮する。まず運河が登場し、その後、鉄道、自動車、ラジオ、飛行機、コンピューターがつぎつぎにあらわれ、最近ではインターネットが登場した。通信の進歩をもたらすこれらの革新が登場するたびに、投機家が熱狂して注目し、事業の確立に大きく貢献してきた。

偉大な金融家は、投機の熱狂の触媒になる計画を編み出したのだとしても、自分自身も熱狂の高まりの影響を受けないではいられない。野心が際限なく膨らんでいく。そして、大成功を収めているとみられるようになり、誰からも賞賛と追従を受けるようになる。一方で、本人の動きは次第に混乱するようになり、詐欺的にすらなって、外見と内実の差が拡大していく。

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