田中平八の言葉 一覧
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田中平八のプロフィール
【田中平八 たなか・へいはち】明治の実業家・相場師。通称天下の糸平。 飯田市の魚屋に丁稚奉公出された後、魚屋として独立。田中はると結婚。田中家の養子となり、米相場に手を出すが大損をする。 その後、練兵館の門下生となるが、投獄によって剣に生きることは諦め、商売に生きることを決意する。 1865年(慶応元年)横浜で「糸屋平八商店」を開業。生糸・為替・洋銀・米相場で巨利を得る。通称「糸屋の平八」「天下の糸平」と呼ばれた。 その後、東京で田中組(後の田中銀行)を創立した後、東京株式取引所を設立し、大株主となる。東京米商会所の初代頭取に就任。この米商会所の株式を上場し、仕手戦と化し大もうけする。1834年、長野県生まれ。本姓は藤島。幼名は釜吉。名は政春。 1884年(明治17年)に病気で没する。
以下、田中平八の格言と名言 一覧
相場は騎虎の勢い。(覚書き|糸平の座右の銘。出典は隋書の独孤皇后伝。虎の背に乗った者は降りたら食われてしまうので一生乗り続けなければいけないという逸話から。途中からやめられないことのたとえ。また、やめる時は死ぬ時という強い決意を含んだ言葉)
[田中平八(糸平)の名言・格言|相場に対する姿勢]
剣を取っての栄達は難しいから俺はソロバンをもって立つ(覚書き|水戸藩士を中心とした筑波山での騒乱(天狗党の乱)に参加し、事件後投獄されたときに立てた志。時代は近代化へと向かうことになる)
[田中平八の名言・格言|剣を取っての栄達は難しいから俺はソロバンをもって立つ]
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