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本田宗一郎のプロフィール

【本田宗一郎 ほんだ・そういちろう】日本の実業家、技術者。1906年、静岡県生まれ。自動車メーカーのホンダ創業者。
高等小学校卒業後、東京・本郷区湯島の自動車修理工場「アート商会」入社。
6年勤務後、のれん分けの形で浜松市に支店を設立して独立した後、「東海精機重工業株式会社」(現・東海精機株式会社)の社長に就任するが、三河地震により東海精機重工業浜松工場が倒産。同社を退社。その後、浜松市に本田技術研究所設立。所長に就任。

資本金100万、従業員20人で本田技研工業株式会社を浜松に設立。オートバイの研究を行う。自転車に付ける小型エンジンキット「スーパーカブ(のちにバイクそのものとして販売する)」で最初の財産を作る。その後、藤沢武夫と出会い、自動車産業の発展を牽引し、ホンダを世界的な企業へと成長させる。米国の自動車殿堂入り、英国機械学会からジェームズ・ワット国際メダルを受ける。
66歳で本田技研工業社長を退き、取締役最高顧問に就任。以降、取締役も退き、終身最高顧問となる。1991年、8月5日肝不全のため死去。享年84歳。

ジョークを言えない人とは付き合えない。仕事だってなめらかにできない。そういうことを案外忘れているのじゃないか。借り着で表現している人は偉い人、自分の個性で表現すると下品だということになる。だから私なんかは、いつでも下品の烙印を押されてしまう。漫才みたいなことを言って、締めるところはきちっと締めるから、みんな安心して平等感を味わってくれる。

私は不得手なことは一切やらず、得意なことだけをやるようにしている。嫌いなことをムリしてやったって仕方がないだろう。

私の最大の光栄は、一度も失敗しないことではなく、倒れるごとに起きるところにある。私の現在が成功というのなら、私の過去はみんな失敗が土台作りをしていることになる。私の仕事は失敗の連続であった。何かを深く信じれば、誰でも自分の中に大きな力を見つけだし 自分を乗り越えることができる。

成功者は、例え不運な事態に見舞われても、この試練を乗り越えたら必ず成功すると考えている。そして、最後まで諦めなかった人間が成功しているのである。耐える心に、新たな力が湧くものだ。全てそれからである。心機一転、やり直せばよいのである。長い人生の中で、そのための一年や二年の遅れは、モノの数ではない。

勇気というのは強いからとか、勇ましいから勇気があるというのではない。たとえ、自分にとってどんなに不利な結果になろうとも、自分が真実であり、妥当であると考えたことを認め、それに賛成することこそが勇気である。

人生は見たり、聞いたり、試したりの3つの知恵でまとまっているが、多くの人は見たり聞いたりばかりで一番重要な『試したり』をほとんどしない。ありふれたことだが失敗と成功は裏腹になっている。みんな失敗を恐れるから成功のチャンスも少ない。

発明は恋愛と同じです。苦しいと思えば苦しい。楽しいと思えばこれほど楽しいことはありません。発明考案にしても、人より一分でも一秒でも早ければ、特許になる。すべてスピードじゃないですか。だから、スピードを否定したら、発明的創意工夫もないし、そこにウィットもないはずです。

自分は自分である。私は、他人の真似をするのが大嫌いである。私は真似が嫌いだから、うちはうちの作り方でやろうということで苦労をしたわけである。しかし、かれらに追いつくまでに時間をかけて努力したことが、追いついてからのちの技術力の差になった。

人間、生をうけた以上どうせ死ぬのだから、やりたいことをやってざっくばらんに生き、しかるのち、諸々の欲に執着せずに枯れ、そして死んでいくべき、という考え方だ。人間というものは、面白いものであり、不思議なものであり、必要のない人間というのはいないのである。

時間だけは神様が平等に与えて下さった。これをいかに有効に使うかはその人の才覚であって、うまく利用した人がこの世の中の成功者なんだ。長い目で見れば人生にはムダがない。身のまわりにいくらでも転がっている幸福から、自分のものを選び出し、それを最高のものに高めることだね。

われわれは勝負師ではない。負けても何が原因で負けたのかを追求することに意義がある。進歩とは反省のきびしさに正比例する。

人間が進歩するためには、まず第一歩を踏み出すことである。躊躇して立ち止まっては駄目である。なぜなら、そこにどんな障害があろうと、足を踏み込んで始めて知れるからだ。失敗はその一歩の踏み込みだと思う。前進の足踏みだと思う。

学問なり技術があるということは立派なことにはちがいないが、それを人間のために有効に使って始めて、すぐれた人間だということができるのだと思う。

資本がないから事業が思わしくないとの声をよく聞くが、それは資本がないからではなく、アイデアがないからである。

人を動かすことのできる人は、他人の気持ちになれる人である。そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。自分が悩んだことのない人は、まず人を動かすことはできない。拝む心がなければ人は動かない。

自分はこれが好きだと思い、自分はこれを職業としたいというものを発見させるのが、教育の主眼のひとつであろう。

我々は、最初から苦しむ方向をとったから、あとは楽になった。真似をして楽をしたものは、その後に苦しむことになる。研究者として大事なところはそこだろうと、私は今でも考えている。一度、真似をすると、永久に真似をしてゆくのである。創意工夫、独立独歩、これをつらぬくにはたゆまぬ努力がいるし、同時に、ひとりよがりに陥らぬための、しっかりした哲学が必要となるわけだ。

人間にとって大事なことは、学歴とかそんなものではない。他人から愛され、協力してもらえるような徳を積むことではないだろうか。そして、そういう人間を育てようとする精神なのではないだろうか。

私はうちの会社のみんなに、「自分が幸福になるように働け」っていつもいってるんですよ。会社のためでなく、自分のために働けって。私はたえず喜びを求めながら生きている。そのための苦労には精一杯に耐える努力を惜しまない。

社長なんて偉くも何ともない。課長、部長、包丁、盲腸と同じだ。要するに命令系統をはっきりさせる記号に過ぎない。

こちらが望んでいること、こうやりたいと欲していることをスムーズに受け入れてもらうためには、まず先方の心を知らねばならない。人を動かすことのできる人は、他人の気持ちになれる人である。そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。自分が悩んだことのない人は、まず人を動かすことはできない。

私がやった仕事で本当に成功したものは、全体のわずか1%にすぎないということも言っておきたい。99%は失敗の連続であった。そして、その実を結んだ1%の成功が現在の私である。日本人は、失敗ということを恐れすぎるようである。どだい、失敗を恐れて何もしないなんて人間は、最低なのである。チャレンジして失敗を怖れるよりも、何もしないことを怖れろ。

人間に必要なのは困ることだ。絶体絶命に追い込まれたときに出る力が本当の力です。百のうち九十九は失敗。伸びる時には必ず抵抗がある。飛行機は飛び立つときより着地が難しい。人生も同じだよ。必死のときに発揮される力というものは人間の可能性を予想外に拡大するものである。

天才とか聖人とかいう人を除けば、人間はみな似たりよったりの能力と、感情の持ち主である。これを悟らなければならないと思う。つまり、我も人なら、彼も人なのである。

失敗が人間を成長させると私考えている。失敗のない人なんて本当に気の毒に思う。困れ。困らなきゃ何もできない。新しいことをやれば、必ず、しくじる。腹が立つ。だから、寝る時間、食う時間を削って、何度も何度もやる。金をかせぐよりも時間をかせげ。

技術者だからそこ自重してはならない。技術者の正装とは真っ白なツナギ(作業着)だ。来年も最高のエンジンを作ってやるからな。チャレンジしての失敗を恐れるな。何もしないことを恐れろ。

これからの未来は、女性が車を乗る時代が来るだろうし、女性にアピールする車を作らないといけない。世の中に女性がいなかったら、俺は毛生え薬を 試す事はないだろうし、服はドンゴロスに穴を開けたもので十分だが、女性がいるからこそ、クルマも女性に注目されないといけない。芸術でも技術でも、いい仕事をするには、女のことが分かってないとダメなんじゃないかな。

開拓者精神によって自ら新しい世界に挑み、失敗、反省、勇気という3つの道具を繰り返して使うことによってのみ、最後の成功という結果に達することができると私は信じています。多くの人は皆、成功を夢見、望んでいますが、私は、”成功は、99パーセントの失敗に与えられた1パーセントだ”と思っています。

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