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福澤桃介のプロフィール

【福沢桃介 ふくざわ・ももすけ】明治・大正期の株式投資家、実業家、政治家。1868年、武蔵国横見郡荒子村(現在の埼玉県吉見町)生まれ。旧姓岩崎。「日本の電力王」、「天才的経営者」ともいわれた。
福澤諭吉の養子になり、後に諭吉の次女と結婚。1888年に渡米し、ペンシルバニア鉄道の見習をした後、帰国。北海道炭礦汽船、王子製紙などに勤務。

肺結核による療養中、株式投資にのめり込み巨額の利益を上げる。これを基に実業界に進出。
瀬戸鉱山を設立後、木曽川の水利権を獲得し、1911年、岐阜県加茂郡に八百津発電所を築いた。これを始めとして発電所の設立を次々に行う。
1920年には、大阪送電を改組する形で、大同電力と東邦電力を設立、社長に就任。その後、東邦瓦斯を設立した他、一流企業を次々に設立した。明治の電力王と呼ばれる。日本の気候特徴から水力発電所の建設を行った。

順波には乗り、逆波は逃げよ。(覚書き|社会のトレンドに乗り、逆行するなという意味。桃介は株式投資で財を築いたのち、順風の状態で投資から手を引き、電力会社を立ち上げ実業家として生きることとなる。偶然にも桃介が投資から手を引いた直後、株式市場が暴落して多くの投資家が路頭に迷うことになる)

成功は『機を見るに敏なる』にある。

アメリカは黄金の毒素によって、ローマのように衰亡する道を歩いている。そのアメリカから金の毒をわずかながら取り出してやろうとする私は、実は貴国から感謝されていいはずです。(覚書き|関東大震災後の復興資金を投資してもらおうと渡米し、米国政財界トップたちの前で行った演説。ユーモアを交えた演説で莫大な資本援助を受けることに成功する)

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