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岩崎弥太郎のプロフィール

【岩崎弥太郎 いわさき・やたろう】日本の実業家。三菱財閥の創業者。明治の動乱期に政商として巨利を得た人物。
幕末時に坂本竜馬や後藤象二郎の知遇を得る。土佐藩士時代は藩の貿易に従事し、藩命で坂本竜馬の海援隊で経理としても働いていた。
維新後は海運業に従事し、1873年に現在の大阪市西区堀江の土佐藩蔵屋敷(土佐稲荷神社付近)に「三菱商会(後の郵便汽船三菱会社)」を設立。

弥太郎の死後、政府の後援で熾烈なダンピングを繰り広げた共同運輸会社(渋沢栄一、井上薫が三菱の海運独占に対抗して設立)と合併して日本郵船となった。このような経緯から日本郵船は三菱財閥の源流と言われている。
なお弥太郎の娘婿から加藤高明及び幣原喜重郎の2人の内閣総理大臣を輩出している。単に財閥家族と血縁関係にあったり財閥の娘婿というだけの首相は他にもいるが、財閥創業者の娘婿が2人も首相になった例は他の財閥にはなく、三菱と国家の密接な関係を証明しているといえる。
三菱商船学校(旧東京商船大学・現東京海洋大学海洋工学部)創設者である。

小僧に頭を下げると思うから情けないのだ。金に頭を下げるのだ。
【覚書き|部下に接客について話した言葉。年下や横柄な客に対しては、その客が使うお金に対して頭を下げると考えれば腹も立たないという意味】

およそ事業をするには、まず人に与えることが必要である。それは、必ず大きな利益をもたらすからである。

一日中、川の底をのぞいていたとて、魚はけっして取れるものではない。たまたま魚がたくさんやってきても、その用意がなければ、素手ではつかめない。魚は招いて来るものでなく、来るときに向かうから勝手にやってくるものである。
だから魚を獲ろうと思えば、常平生からちゃんと網の用意をしておかねばならない。人生全ての機会を捕捉するにも同じ事がいえる。

酒樽の栓が抜けたときに、誰しも慌てふためいて閉め直す。しかし底が緩んで少しずつ漏れ出すのには、多くの者が気づかないでいたり、気がついても余り大騒ぎしない。樽の中の酒を保とうとするには、栓よりも底漏れの方を大事と見なければならない。

小事にあくせくするものは大事ならず。ひとたび着手せし事業は必ず成功を期せ。決して投機的な事業を企(くわだ)つなかれ。国家的観念を持って全ての事業に当たれ。

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