安田善次郎の名言・格言|恨まれても、自らやましいことがなければ気にしない

自分の利益を外にして散財してまでも今日まで参りましたが、一つとしてお前の為に助かったと言って大層喜ばれたものはない。比較的恨みを受けるような場合になっている。しかしその恨みは私においてやましい所がないから一向に痛く感じませぬ。


安田善次郎 の経歴

【安田善次郎 やすだ・ぜんじろう】日本の明治期の実業家。安田財閥の設立者。1838年11月25日-1921年9月28日。富山県富山市出身の実業家。幼名は岩次郎。21歳の時、奉公人として上京。玩具屋、鰹節兼両替商を経てやがて安田銀行(後の富士銀行。現在のみずほコーポレート銀行) を設立、損保会社(現在の損害保険ジャパン)、生保会社(現在の明治安田生命保険)を次々と設立し、金融財閥としての基礎を築く。 自分の天職を金融業と定め、私的に事業を営むことを自ら戒めた。同郷だった浅野総一郎の事業を支援するなど事業の育成を行う。また日本電気鉄道や、帝国ホテルの設立発起人、日銀の監事など、この時代の国家運営にも深く関わった。生涯現役を掲げ第一線を引退することはなかったが、1921年、神 奈川県大磯町の別邸で、金の無心に来た朝日平吾に刺殺された。東京大学の安田講堂や、日比谷公会堂は安田善次郎の寄贈によるものである。ビートルズのジョン・レノンの妻で音楽家のオノ・ヨーコの曽祖父でもある。

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